タリバーン、和平交渉を打ち切りか?

治安悪化の折柄、外出はしたくなかったが… 真夏が来る前にアラビア海から送られて来る魚の仕入れと、自分の「思いつき」を確認したくて市内中心部の小さなバザールへ出かけた。海魚を売っている店は市内に1軒しかなく、まともそうな魚には夏場の半年間はお目にかかれないから、きょうが今春の仕入れ最終日といったところか。 その魚屋の前にも、ついに銃を持ったガードマンが立つようになり落ち着かないこと甚だしい。 外出の時間は「最短」でと、ついでの買い物(若干の野菜と果物)は超特急の4分間ばかりで終え、買い物の合計を確認もせずに来たが、諸物価の値上がりの凄さだけは分かった!

帰りは行きとは別に丘沿いの道を通ったが、市内にある国際機関の建物の物々しさ。イスラマバードは首都とは言え、大きなビルが極少で国際機関なども個人持ちの住宅を利用していることが多い。もっとも個人の住宅とは言え、国際機関が利用するような建物は敷地が300~600坪もあり、部屋(畳にして20~30畳、トイレ付き)数も10~15はあるから、日本とは桁違いの住宅だ。

その住宅に入居している国際機関は屋根や屋上に高大なアンテナを立てているし、最近では底辺部が2m、高さが4mもあるコンクリート製の頑丈なバリケードを延々と敷地の周囲に張り巡らせているから、余計に目立つ。イスラマバードもアフガンの首都並みの警備になって来た。
先般は爆破続きのマリオット・ホテルを見て、多国籍軍の基地か?と失笑していたが、いまやイスラマバード市内のアチコチに多国籍軍の基地が出現したかのようだ。

バザールから自宅までの5kmでは厳重な検問があり、今までなら外国人であるオバハンが乗っている車など、警察は一瞥して通してくれたものだが、きょうは5分以上も足止めされた。もっとも一般車のようにUターンを強いられなかっただけマシだが、火炎樹やジャカランダの花を愛でながら帰ろうと思ったのに、無粋なことだ。

国際機関や大使館に勤務する外国人の家では大分前から武装したガードマンを雇うようになったし、各街角にある兵士の篭もる土嚢も高く厚くなった。また街の至るところに駐屯する警察や兵士のテント周辺部も、多国籍軍のようなバリケードが積まれるようになった。
日本でも一部の新聞は、「パキスタン情勢、 アメリカは最悪のシナリオを懸念」などと、アメリカの発表をそのまま載せ煽るようで、チト不愉快だ。 経済不況のアメリカは、パキスタンやアフガンへの多大な出費をなんとか自国民に納得させるべく、過剰な発表をしているのか?

きょうの当地報道では、イスラーム武装勢力が軍による掃討作戦を理由に、北西辺境州当局との和平交渉を打ち切ると宣言したらしい…。これで今まで以上に神経を使わねばならないのかも…