育てられ方ひとつで変わる

思い返せば・・後期高齢者の今日まで辛いこと、悲しいことの殆どに歯を食いしばって泣いては来なかったオバハン。28歳の時に逝ったオバハンの最大の理解者であり自由であることを何よりも尊重してくれた、たった一人の肉親とも言える父親が亡くなった時ですら1日しか泣かなかった。「他人のお役に立って一人前。男も女もない、社会の一員としてキチンとやって行けるように」といい続け、強い心に育ててくれた父親。死んでしまいたい、死んだ方がどんなに楽かと思えるほど心が挫け萎えそうになる辛いこと、悲しいことに面した時ですら「神様は耐えられる人にのみ試練を与えて下さっているのだ」と想うことで歯軋りしながら耐えた。今まではペットたちが亡くなっても大概2日も泣けば落ち着いたのに、今回は1週間近くも、まだべそべそ泣き続けている。50年来の友人から「ようやく人並みに普通に泣けるようになったのね」と言われながら。悲しい事柄は人それぞれだと想う、だが、あらためて考えてみると本当に悲しいことって何か?と考え込んでしまうほど。
事故死したハナビちゃんは生後2ヵ月半という小さな時に家へ来て、大切に大切に育てられた。いつもみんなから声を掛けられ抱っこされ、分かる言葉の数が半端でなく物凄くたくさんで、おまけに手まね一つで意志が通じる賢い子だった。5歳の時に我が家へやって来た保護犬は、子供の時に可愛がられなかっただけではなく虐待もされていたから、ハナビちゃんに比べると反応がすべてに遅く、用心深いというか臆病というか、反応の遅いところをハナビの後をくっ付いて走り廻ることで補っていた面が大きい。人間も犬も育てられ方で賢くもなり鈍いままだとも想って感心している。

ハナビちゃんが事故死した夕から降り出した静かな涙雨が5日間も続いている。