パキスタンが一番住み易い…

40年近くもの昔、在日パキスタン大使館に勤めていたパキスタン人のご夫妻が、久々にお見えになった。ご夫妻と子どもたち4人は30数年前にオバハンの田舎へ1週間ばかりも遊びに来られたことがあった。日本の家は障子と襖で区切られているだけで、どの部屋にも鍵がないと驚き、不安で寝られなかったと、きょうも懐かしそうに大笑いしておられた。
風呂屋というものに行ってみたい、皆が裸で入るというのは本当なのか?」と尋ねられ、風呂屋へもお連れした。結局、自分は番台の横の椅子に腰掛けて、心底驚いた様子で日本の習慣を眺めておられただけだった…。
舟遊びをしたり、お城へ登ったり、道端にあるお地蔵さんのお供え(果物)を食べたというのは、オバハンの記憶にはないから、オバハンの目の届かなかったところで子どもたちはお供えの果物を食べたのかもしれない…

パキスタンでは停電も多く不便。水にも不便をしているのだろうし、諸物価高騰で暮らし難いだろう。何よりも爆弾がいっぱいで危ない、危険だからアメリカで暮らせ。アメリカへ来いと娘や息子にワイワイ言われ、どうしょうもないのでアメリカへ行きます」と、今回は挨拶に見えたのだが…
「子どもたちが心配をするのは分かるが、私たちにとっては停電が多いのも、水に不便をするのも大したことではないのです…パキスタンなのですから…。 新聞が危険だと書き連ねるから実情を良く知らない人は心配をするのです。」と、奥さんに至ってはアメリカへなど行きたくないと半泣きの態だ。
ご夫婦共に海外暮らしは長い。度々、アメリカへも行かれているのだが、今回は家を処分しての渡米、年齢も年齢、もしかしたら2度とパキスタンへは帰って来られない…と思っておられるのかも。78歳だというご主人は矍鑠として見えているが。

お隣のマダムもご主人が亡くなった後1年してから、つい先日、アメリカへ行かれた。こちらも「子どもが来いと言うので、3ヶ月間だけ行って来ます。留守にしますから何かの折には家を見て置いて下さい、ヨロシク~」ということだ。
911同時多発テロ以降は、欧米からの帰国者が急増したが、あれから7年、そろそろ911ショックも冷めたのかアメリカへ行く人が増えた。先進諸国の暮らしは電気や水にも恵まれ便利かもしれない、しかし心が休まらないと多くのパキスタン人が言う。オバハンもスローライフがし難い気忙しい日本は苦手だ。
「世界でもっとも暮らし易い都市は…」なる記事で、東京が世界で36番目???だとか出ていたが、オバハンにとっては暑くても、水がなくても、停電が多くともイスラマバードが一番だ。