生きていれば、昨日はブット元首相55歳の誕生日だったというので、生地には親族や熱烈な支持者たちが集まり、祈りを捧げている写真が1面トップを飾っている。暗殺された現場でも、首相たちによって花が捧げられている。
PPP(パキスタン人民党)に最も忠実だと言われるギラニ首相(パキスタン政府)は、ブット元首相への追悼の意を表し、イスラマバード国際空港を「ベナジル・ブット国際空港」に改称したと。 う~~む、イマイチ違和感があるなぁ…
ギラニ首相は、「彼女はまだ、私たちの心の中で生きている」との声明を出したという。確かに熱烈な支持者たちの間では、そうであろう。父ブットは民主主義というイデオロギーをパキスタンで初めて標榜した。その偉大な?行為に対して、彼らの心の中で父ブットが生き続けているのと同じように。
しかし、首相として彼女がなしたことは(惨いようだが)、暗殺されて、今回の選挙でPPPを勝たせただけではないのか? 首相としてパキスタンのために、何かをなしたかと改めて問われれば、どう答えるのか?
どこまでが本当かは知らない。しかし先般、ロンドンで出版されたという「ブットの回想録」は、国内でも物議を呼んでいる。