なんぞ儲け口はないものか???

衣食住は充分に整い、スタッフたちがいて大嫌いな掃除や洗濯などの家事からも免れ、暮らしに困っているわけではない。終日キッチンにいて好きなことだけをしていれば良い、大変結構な暮らしだが近江商人の末裔、超始末屋のオバハン。「なんぞ?」無いかと暇にまかせて、ついつい考える。近江商人は薄利を、他人の嫌がる苦労を進んで「きばり」、かつ長期的に見て経済の合理性を求めたのが「しまつ」だという呪縛から逃れられん。なんぞ好きなことをして己の食い扶持くらいは・・と、後期高齢者になっても考えるのは「業」に近いかもな。本業の旅行会社・取材手配以外に、「気まぐれ亭」なる日本食レストランをゲストハウスに設置して10年遊んだが、これは70歳になった時に辞めた。しかし、そろそろ家の賄いだけでは飽き足りない。店舗なしテイクアウトなら外国人にも人気の海苔巻きも出来るし、各種季節の漬物を初め魚の干物、練り物、はては燻製まで日々何でも作れないものはないと豪語もしているのだが・・如何せん、我が口を満たすことに、『いまさら何を・・』と息子から許可が出ん!!息子に喰わせて貰っているという意識・肩身の狭さ、実に不快だ。
娘にブツブツ文句を垂れたら、「血の滲む思いをして資格を取り、高級取りになったら高い税金を払う破目になる。たいした努力もせず、困窮したからと国から生活保護を貰っている人がいる理不尽さ。オバハンの愚痴も贅沢だ!」と、切って捨てられた。世の中には大小いろんな不満があるものだ。
日々、食べられる「いま」に心から感謝しなくっちゃな。いつ食べるのに困ることがやって来るかもしれんものな・・