ギルギット

ギルギットから帰って来た。今回は往復共にフライトが出来、片道16時間もの陸路を走らなくても良かったのでラクチンだった。
ただし18日にフライト出来、空港から母子センター建設現場へ直接行ったら…  オバハンが指示していたようにはなっていなくて、その上、工事も完了とは言えず、「やっぱりなぁ~」とガックリ。
何時の場合も、そうなのだが、当地の人はメモを取らない。だから半年も前に指示したことなど、誰も覚えていない。結局、19日~21日までの3日間は自分自身が、朝6時過ぎから夜8時までご飯も食べずに母子センター建設現場で作業監督。家具の運びいれ(体重が3kg減った)。

夜は砂だらけの足を洗ってバタリとベッドへ倒れこむだけの生活。サドマゾのオバハンとしては全身がギシギシ鳴るような痛みで寝られず、3日間はうなされ充実。久々に全力投球で働いた気がした。

仕事の段取りや指示を出し、建設現場を取り仕切る大旦那様(校長先生のご主人)、中間で現場監督をしながら作業もする人、毎日変わる(いろいろな作業の)従事者たちからは、「自分の一生でこんなに働いたのは初めてだ」と泣きが入った。
オバハン自身は、1日数時間しか来ない電気に泣かされた…。作業員がようやく揃ったと思ったら電気が無くて作業が出来ず。電気が来る頃には、待ちくたびれた作業員が帰ってしまうという具合……

しかし、24日の開設式に間に合わせるべく、日夜をついで作業。1つの作業については段取りと作業員を10回は催促。ついには、「明日出来上がります。明日やります。インシャラー(神の御心があれば出来るでしょう)」という大旦那や現場監督に向かって、「1回でも良いから、きょうやります。きょう出来ますと言ってみろ!」とブチ切れ。久々にオバハンらしく大暴れをし、奮闘したな。

開所式は大臣2名の出席で、式典中は電気が切れないようにとの配慮もあり、予定通りに無事終わった。式典中には、今までの小さなセンターで学んでいた学生55人に卒業証書を渡すというのもあったが、成績優秀者3名の代表のみに証書を授与。

28日からは新しいセンターの運営と、残りの52人への卒業証書授与に再びギルギットへ。
砂塵の舞う中ではラップトップを開く気にもなれず、机の上の砂をなぞっては考え込んでしまった。何ぞ、良い砂防対策はないものか…