サッカーのワールドカップって??

熱帯地方の雨季(モンスーン)とは少し異なるが、乾燥した国パキスタンも湿気を帯びた気候になり、モンスーンを近くに感じるようになって来た。 同時に7月を迎え、今年も半分が終ったというのに、自分なりに何の成果も出さないまま時間が過ぎて行く。 どうしても自分なりにケジメをつけ、やらなければならないことを2つも抱えながら作業は進まない。きっと明日も生きていると思える緊張感に欠ける、のんべんだらりとした生活がいけないのだと思う… 10年以上もの前には、明日の命は保障の限りではないという緊張の中で暮らしていたのに。
しかし、いい加減にぬるま湯的な生活から抜け出し、自分なりに納得の行く結果を出しておかねば。


さてサッカーのワールドカップ。日本中が大騒ぎをしていた中、オバハンが知らないうちに、決勝トーナメント1回戦ではパラグアイに惜敗だって…ね。それが日本代表の大健闘だったのか、どうだったのかもオバハンには判断が出来ない。瞬間最高視聴率が50%だとかだけはネットで見たが、それだけだ。そもそもへそ曲がりなオバハンなので皆が騒ぐことには(見るだけであっても)絶対に参加しないから、なぁ~んも知らなかった。

第一、パキスタンではワールドカップだからと言って、極ごく一部を除き大騒ぎしていないものな…。日本人の多くは知らないだろうが、パキスタンのサッカーボールの(世界)シェアは70%を占めて来た。近年はシェア率がやや落ちているとはいえ、世界的に有名なメーカーたちは軒並みパキスタン(シアルコット市)に工場を構えている。 何時だったか取材で数回ばかりシアルコット市を尋ねたが、有名メーカーほど取材禁止が徹底していて工場に通う従業員たちの口は貝だった。あそこまでの取材拒否徹底はパキスタン国内では他に見ない。取材を受けたのが分かれば失職するからと怯えるボール作りの職人たち。メーカーたちがどんな秘密を抱えているのかと、オバハンにはそちらの方が興味深かったが、まったく驚いたものだ。

サッカーボールが日本で幾らくらいなのかは知らない。当地では…熟練工でも日に数個しか縫えず、1個あたりの賃金は1~2$くらいだったと記憶する。だが、それは一般庶民の収入の倍にもあたる。 もちろん有名メーカー以外にも家内工業的にボールを縫うところはたくさんんあり、シアルコット市の人口の20%だったかがボール関係で生活していたと記憶する。中には10歳に満たない幼い少年たちが奴隷のように使われているとかで… 一時は世界的にも問題になってパキスタン製品のボイコットまであった。しかしそれは当地の事情を知らない欧米人的愛護発想だ。
子供のうちから手に職をつける。職のない者は大都会へ流れて物乞いをして命を繋ぐしかない雇用の場がない当国。欧米人的愛護思想によって、どれだけ多くの子どもたちが家へ労賃を運べなくなり、生活苦境に陥った家庭が多かったことか… 中には口減らしのために神学校へ送られ、過激思想に触れテロリストになった子どもがあったやも知れない。   欧米的な愛護思想は(捕鯨も含め)自国内だけに留めて欲しいと切に思うことが多い。